先生って何でしょうね。

三和総合設計

2012年07月23日 13:05

昨日、今日とちょっと暑さはマシですね。でもなんだか涼しすぎたりもして・・・・気温差が大きいのでなんだか体はだるいまま。
しかも昨日から腰痛がひどくて。座るのも寝るのも痛くて。。。
ままならぬ体に気持ちも滅入りがちです。
あっ、出だしから暗いですね(笑)
なんとか気持ちで乗り切りたいと思います!

朝から、長いこと書いてないし書いてやー!の一声をもらいました。
長いことって・・・・。たった一週間やん。。。という心の一言は置いといて、素直にパソコンに向かうも何を書いてよいのやら。
最近、いろいろ考えすぎて・・・イヤ考え無さ過ぎてかな・・・言葉がでてこない病にかかっています。

なんぞ、ネタはないもんかとパソコンで検索しようかと思うと、大津っていれるだけでキーワードがたくさんでてきます。悪い意味で有名になったもんですね。
その中で、担任の先生の対応についていろいろ言われている記事もありました。

なんかあっても先生なんかあてにしたらあかん。
私は、子供の頃からそんな風に思っています。
頑張って子供のことを一生懸命考えてくださっている先生もたくさんおられるとは思うので、なんか失礼な話かもしれませんが、少なくとも自分が子供の頃の先生、弟や妹の先生、娘たちの先生と今まで経験してきた先生はそんな風に考えざる得ない方が多かったのです。

こんな考えに至った最初の経験は、小学1,2年生のとき。
悪いことはしたらあかん!という当たり前の教えをきっちり守ろうと、誰かが悪いことするたびに先生に注意してもらおうと何度も先生に言いに行っていた私。
子供心に正義を通していたつもりだったのだろうと思うのですが、通信簿に書かれた言葉を見てびっくり。
「告げ口が多く、その割には自分もいたずらを平気でしている。」
確かに悪さもしていただろうし、言い過ぎのところもあっただろうけど、本人には何も言わずに通信簿に書くなんて・・・それはないやろ。
そして、あるときおとなしい男の子とケンカをして、雑巾で顔をたたいてしまって目を充血させたときも、けんかの理由も聞かず、注意もせず、帰りにおかあさんにこれを渡しなさいと手紙を手渡された。
内容は、母に相手の親にあやまりに行ってくださいとのこと。
なんやそれ?悪いことをしたのは私。でもそれに至った理由もあるし。
何もちゃんと聞かずにそれって・・・・。

結構ベテランの女の先生でしたが、先生なんかちっとも偉くないんや。信用できん。と子供心に思いました。

次に3年生のとき。
そこそこ子供たちには人気があった先生だったのですが。。。
あるとき、画用紙が一枚無くなって、先生の犯人さがしが始まった。
正直に言いなさいとクラスのみんなに声をかけても誰も名乗り出ない。
それで、先生は、「これからひとりひとりの顔を見てまわります。先生の目をじっと見られない人が犯人です。」と言い、ひとりひとりの顔を見ていった。
ちゃんと先生の乗りについていける子は、にこにこしながら嬉しそうに先生の顔を見つめます。
私はこういうのが苦手な正確。結果、きっちり目をそらしました。

目をそらした数人が教壇に立たされて、この中に犯人はいますと先生が言う。
そして、ここでは言いにくいだろうから、あとでひとりひとり先生のところに来て、そのときに正直に言ってれくれたら許すと。
断じて潔白の私は、犯人扱いをされて、心の底から怒りがこみあげてきた覚えがあります。

それぞれの子供の性格なんて考えず、一方的な考えで犯人扱いにまでする先生の行動は、許せるものではありません。
自分が小学3年生ではなく中学生、高校生くらいだったら、かなりの抗議、反抗をしていたと思いますが、非力な子供ではなんともできませんでした。
逆にクラスメイトの多くは、私がそんなことをする人間じゃないことをわかってくれていて、後でかなりなぐさめてくれましたが。

他にもいろいろありましたが、この小学低学年の出来事が、その後の先生に対する考えの元になっているような気がします。

あとひとつ、娘の中学の先生で、安定的な生活を送るために、私たちは一生懸命勉強して先生になったのだ。安定した生活を送るための努力をいっぱいしてきたから先生になれたのです。子供たちにもそうやって努力してほしい。と堂々とおっしゃる方がおられました。
これにもびっくり。

こういった先生ばかりではないと思いますが、何故か感覚の違う先生に出会う確率も高いんですよね。
大学を出てすぐに学校と言う閉鎖的な社会の中で仕事をし続けているせいなのかわかりませんが、何か違うんですよね。
この感覚の違いをどうにかしていかないと・・・と思うのですが、そんな風に感じているのは私だけなのでしょうか。

子供どんな風に育てるのかは、基本的には先生ではなく親の責任でしょうが、生活の中の多くの時間を過ごすのは学校なのですから、やっぱり先生は人として信頼できる師であってほしいです。
親がダメでも先生で持ち直せるくらいのチャンスが欲しい。
親がダメで、先生もその後押しでは、子供の心はちゃんと育つことができないでしょうしね。

長くなりましたね。
なんだか私も体と心のバランスがとれていないようで、何を言いたいのかわからなくなってきました。

とりあえず、いろんなことを真実のもとにすっきりさせて、ちゃんとした手立てをしてほしいですね。

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