現在・過去・未来

三和総合設計

2009年04月16日 08:07

「現在・過去・未来」こんな言葉を聞くと、昔の渡辺真知子さんの歌を思い出す世代です。

歌の内容はさておいて、最近、私達が勉強している「木考塾(正式名:木造在来工法住宅を考える会)」で現代の住まい、昔の伝統構法の住まい、未来のあるべき住まいについて話をする機会がありました。

私達は現在多く建てられている住まいに疑問を持っています。
現代生活にはぴったりかも知れませんが、いつも書いているように、現代の生活形態がそれで良いのかを考えなければなりません。

後にごみばかりを残す住まい。
省エネといっても、生活そのものを改善する方向ではなく、機械的にエネルギーを減らそうとする考え方では、今の地球温暖化などは止められないでしょう。

そういったことを考えると、昔の伝統構法が良いという単純な話になってしまいます。
でも、それもおかしい。
町屋、民家などが好きな人は、理由などあまり無い。
その雰囲気が好きだという感じ。

造り手の方はというと、自分の技術が活かせるから、伝統構法の家が良い。
こんな感じが多いと思います。

町屋や民家なら何でも良いのか。
プロの目から見れば、町屋や民家にも欠点はたくさんある。
でも、現代の家には失われた良いものがある。

そういったことを冷静に見ながら話を進めないといけません。
でも、そのプロでも冷静に見られない人の方が多いのではないでしょうか。

伝統構法の家、昔に建てられている家がすべてすばらしいのではなく、昔の構法、昔の材料、昔の考え方に学ぶべきものがあり、未来のあるべき姿に向けて、現代の住まいを修正できるヒントがあるというのが本当のところではないでしょうか。

では、未来の住まいはどんなもの?
この答えは難しい。
これからどんな技術、どんな材料が出てくるかわかりませんし、どんな社会に変わっていくかによって求められる姿も違うと思います。

でも、持続可能な社会を考えたとき、現代の住まいより、昔の構法、昔の材料にもう一度学ぶ必要があり、未来の住まいの姿のベースは現代の住まいよりむしろ昔の住まいに求めるべきなのでしょう。

今、伝統構法と呼ばれている住まいの欠点は、その仕組みにあるのでしょう。
個々の技術的な問題はひとつひとつ解決されるとしても、それぞれの大工さんの技術のばらつきなどを見ながら、住まい手の方が良し悪しを判断するのは非常に難しいでしょう。

未来の住まいの姿は、昔の構法、材料であっても、それが普通の仕組みの中で供給されたり、施工されたりできることが必要なのでしょう。
優れた大工技術とそれを求める一部のパトロンのような形では、いくら優れたものであっても世の中には必要とされないでしょう。

今日、東京で伝統構法の設計法の会議に出かけます。
その後、木の家ネットの仲間とそういった内容の会議をします。

自分達の技術を守るためだけでなく、未来の住まいのためになる話を進めることができるでしょうか。。。


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