鞆の浦の景観を守る判決

三和総合設計

2009年10月02日 07:58

皆さんもご存知だと思いますが、瀬戸内海の景勝地である「鞆(とも)の浦」の埋め立て架橋事業の差し止めの判決が出ました。

鞆の浦の景勝地は宮崎駿氏のアニメ映画づくりのヒントになったり、万葉集の時代からの有名な景勝地のようです。

この判決は、公共事業の利便性より歴史的景観が住民に及ぼす「景観利益」が優先するという画期的な判決であるといわれています。
ただ、この判決でも景観を利益と捕らえているところが私には少し不満が残ります。
景観に利益がなければ考えなくても良いのか。

私は、景観は人間の生きる権利と同じぐらい重要なものと考えて欲しいと思っています。
景観が美しいというのは、人によって違います。
それを定量化するのは非常に難しいのですが、考え方として何事も美しさを失ってはいけないと考えることが必要だと思うのです。
安くて良い商品を作ったとしても、それが美しくなくてはダメ、美しいと言うのは人によって感覚は違うが、少なくともその商品を作る人が美しいということを意識して造って欲しいと思います。

なにはともあれ、景観が守れる第一歩が出たことは良いことです。

私達に関係する次の問題があります。
鞆の浦の街を写した映像がテレビに出ました。
古い町並みが、鞆の浦の景観と一体化しています。
でも、その町並みの多くの建物が建築基準法に対応できていないのです。

勘違いして欲しくないのですが、違反建築であるということではありません。
建築基準法は鞆の浦の古い町並みが出来た後に作られたものです。
しかも、戦後の粗悪な建物を取り締まるために何回も改正されてきました。
その改正は、建売業者や悪者を取り締まるために、現代工法の問題点を中心に改正されてきたため、昔からある伝統構法は建築基準法にあわないものになってしまいました。

そのため、鞆の浦の町並みをはじめ、全国にある伝統的な景観を造っている建物は、建て替えようとすると以前のような形で作ることは出来なくなっています。
大きな景観が守れても、そこに存在する、人が生活をしている家屋の景観が守れなくなっています。
公共工事の差し止めが出来たとしても、建物の建て替えでプレハブ住宅などがどんどん建ってしまうようなことが起ころうとしているのです。

何度かこのブログでも書いていますが、昨年度より国が伝統構法の建物の制度化を図ろうとしています。
しかし、伝統構法は各地の素材や技術を使っていること、大工の匠の技を数値で解析することが難しいことなどから、基準作りは難航しています。
しかも、その中心となっている研究者の方々が、伝統的な景観を守ろうという意欲が薄く、伝統的な形がただ残せればそれで良いというような感じなのです。

伝統や景観、それらは法律や制度で守ることは出来ません。
国民の良識で守るものです。
耐震偽装問題が起こったから、世の中の設計者や工務店はすべて悪者だというような感じでは、繊細なデザインなどは守ることはできません。
大枠は法律で決めるが、その他の部分は造り手の良識に任せるような形でないと、日本の大切な景観(建築)は守れないのです。

国民が問題があれば何でも政府を責めるということをやめなければなりません。
問題が起こるたびに法律や制度が作られ、気がついてみたら全く問題のない建物が法律に適合しない状態になってしまっています。

私達国民が良いものと悪いものを見抜く力を持たなければなりません。
大きな企業が作っているものは良いものだ、法律や制度にのっとっているものは良いものだという考え方を変えないと、優良企業を装い、法律の穴を探すような企業に食い物にされてしまいます。

何事を行うにしても、人と人のつながりで物を進めれば問題がおきることは少なくなります。

人と人のつながりで造ってきた景観を、もう一度、人と人とのつながりの中で取り戻すことを考えなければなりません。

鞆の浦の大きな景観を守る第一歩が出ましたが、次にまだまだ多くの問題があることを理解して頂きたいと思います。


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