殺人時代

三和総合設計

2012年10月15日 07:53

今日は新聞休刊日ですが、テレビで物騒な事件が報道されています。

テレビでは尼崎の民家の床下から、二人の遺体が発見されたと報道されています。
その他にも青森など、各地でややこしい事件がいっぱいです。

昔はこんなに殺人事件は多くなかったと思います。
たいしたこと無い事件なら、昔は伝わってこなかったかもしれませんが、殺人事件ならテレビや新聞で報道されることが無いはずはありません。

やはり数が増えていると思います。
なぜ、増えているのか。
あちこちで事件が起こっているので、そういった事件を起こすことがなんとも無いような感じになっているのだと思いますが、やはり人を蹴落としてでも生きていかなければならないような時代になっていることが大きな要因だと思います。

みんなと仲良く暮らすことにあまり意味がなくなり、どんなことでも人と競争して勝つことを考えなければ自分の幸せは無いような気分ではないでしょうか。
みんなが良くなり、その中で自分も良くなるような社会でありたいのですが、どんなことでも競争。

そんな全体の雰囲気が殺人事件を初めとする凶悪な事件が増えている原因だと思います。

最近の報道を見ていても、あまりに自分勝手な行動の事件が多すぎる。
IPSの森口氏などもどうやらうその塊のようですね。

普通の人から見たら簡単におかしいことでもどんどんやってしまう。
それがうまくいけばむしろ英雄のようなところもある。

こつこつ自分の人生を生きるという生き方など許されない、世捨て人にならない限りありえない感じです。

私が書いているようなことを感じない人もあると思います。
でも、それが怖い。
何も考えずに生きれば、多くの人が行っている生き方が正しいように思ってしまう。
いや、思うと言うより、考えずに行動しているという感じかな。

原発だって同じ。
電気があるのがあたりまえ。
でっかいテレビでテレビを見続けるのが楽しいレジャーなどと考えれば、原発がなくなったら困るわななんてことになってしまう。

これからの日本の社会はどうなるのか。
経済発展、競争社会を続けている限り、豊かで楽しい社会はありえないですね。

殺人を犯すのは人の問題もありますが、社会を反映した問題だと思います。

どんな社会をこれから作り直していくのか。
そんなことを考えていかなければなりません。


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