2010年12月10日
近くにも歴史

近くなので、徒歩で。
でも行く先は山手なので、坂道が結構つらい・・・・。
ちょっと息切れしながら行ってきました。
その途中にと言うか、事務所からほんのちょっと山手に上がったところに倭神社という神社があります。
本当に簡素で小さな神社なので、何も知らなかったらあまり気を止めずに通り過ぎる感じです。
でも簡素な神社なのに、不釣合いなほど大きなケヤキとクスの木がでーんと鳥居の両脇にあり、ちょっと変わった三叉路になっていたりで、前を通るとなんだか不思議な気分になる場所でもあります。
この神社の名前は、倭(わ)と書いて「しどり」と読みます。
ずっと「わじんじゃ」と思い込んでいました。
でも本当の名前を知っても、なかなか覚えられなくて、なんだっけ?と何度も聞きなおしてしまいます。
この場所が古墳だと言うことは、娘が小学生の頃に調べたとか言っていたので、あぁ古いものなんだなぁぐらいには思っていましたが、好奇心希薄な私はそのまんま。。。。
今日、前を通った機会に調べてみると、
この場所は、倭姫つまり天智天皇の皇后さまのお墓だったそうです。
赤塚古墳と呼ばれていて、江戸時代に赤塚明神として祭られるようになったようです。
大きな大きなケヤキは樹齢400年。大津市の保護樹木にもなっているようです。
そう言えば、今朝の新聞に奈良明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳で、斎明天皇の孫、太田皇女の墓が見つかった記事が大きく載っていました。
大田皇女は中大兄皇子の娘。
中大兄皇子が、近江に都を移す前の奈良での大きな仕事として牽牛子塚(けんごしづか)古墳をつくったようです。
中大兄皇子は天智天皇。
そんなことがわかった翌日に気になった天智天皇のお嫁さんを祭る倭神社。
天智天皇のお導き?(笑)
倭姫は、中大兄皇子の異母兄の娘だったようです。
倭姫との間には子供はなし。
調べていくといろんな人間関係も見えてきて興味深い。
遠い遠い昔の出来事がすぐそばで感じられるなんて、当たり前のことのようでなんだか不思議な気持ち。
遠い昔の出来事が振り返ることができるなんて・・・・。
歴史ってすごいですね。
今の時代は、遠い遠い未来に思い返されるようなものを残しているのでしょうかね。。。
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Posted by 三和総合設計 at 15:26│Comments(0)
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